リアルを依存することが正しいという空気感のこわさ
スマホ依存は悪ではない
僕は数日前にこのような記事を書いたのですが
同じようなことをちきりんさんがツイートされていました。
「スマホ依存」とか「ネット依存」という言葉は使うのを止めたほうがいいんじゃないかな。ネットもスマホも勉強、読書、新聞購読、音楽試聴、映画鑑賞、情報収集、ゲーム、交流、コミュニケーションまであらゆることができるんだから、「一日8時間もネットをしている」ことの何が悪いのかわからない。
— ちきりん (@InsideCHIKIRIN) March 13, 2016
「一日8時間LINEをしてる」子に対してはLINE依存と言えばいいし、ゲームなら「オンラインゲーム依存」と言えばいい。ネット依存とかスマホ依存という言い方をするのは、もはや意味がよくわからない。
— ちきりん (@InsideCHIKIRIN) March 13, 2016
もはや一日中ネットをしてる人の「ネットへの過度の依存」より、全くネットを使わない人の「リアルへの過度の依存」のほうがよほど問題が大きい。
— ちきりん (@InsideCHIKIRIN) March 13, 2016
僕はスマホ依存のことしか頭に回りませんでしたが、ちきりんさんはリアルへの依存まで考えられています。さすがちきりんさんですね。
ネット社会に適応できない大人たち
日本でインターネットが普及し始めてから約20年ほど経ちますが、いまだに日本のネット社会に適応できない大人たちがウジャウジャいます。
そりゃ経済も衰退するし、失われた20年とか言われるに決まってます。
しかし、これだけ日本が豊かではなくなっているのに大人たちは変化に対応しようとせず同じことを繰り返しているのです。
いい加減インターネットくらいには適応してほしいものです。大学の教授のなかには、インターネット調べることは力にならない。本か新聞で調べろという人もいるのです。
なぜここまでネット嫌いなのか。僕には理解できません。
僕の推測ではネットがなかった時代の人は本や新聞でしか学ぶことができなかった。そして本や新聞で学べてきたという自負があると思うのです。だから本や新聞が最高の学習ツールだと思っているのだと思います。
本や新聞で学習できるとは思います。実際僕も新聞は読みませんが、本はそこそこ読んでいます。でも今はプラスしてネットがあるのだから、取り入れてもいいと思うんですよね。
リアルでは限界がある
ネットなかった時代にはリアルなんて言葉もあまり使われていなかったのでしょうが、今はリアル世界とネット世界が区別されていたりしますよね。
リアルの世界を大事にしなければならない。それはもちろんそうでしょう。そこに異論はありません。
しかし、だからといってリアル世界だけで生きて行くことはすごく狭い世界で生きていくことになります。今のネットが普及した世界では地球の反対側にいる人とも簡単に連絡が取れて情報が交換できるのです。
インターネットさえあれば、スーパーにわざわざ食料品を買いにいく必要もないし、本も電子書籍で済んだり、ホテルや新幹線の予約もすべてできます。
すべて中抜きされているので、安くなったり簡単になっているのです。リアル世界だけで生きて行くにはもう限界が見えているのです。
リアルに依存している方にはここに気づいてほしいですね。リアルに依存している人はブログすら見ないでしょうけどw
ネットを活用しない手はない
インターネットさえあればほとんどのことが簡単に済むので、活用しない手はありません。
活用すれば時間短縮ができたり、費用が安く済んだり、稼ぐことができることができるので自分のできる幅が増えるんです。
こんないい時代に生まれた現代人は勝ち組ですよ。ですから利用できる便利なものは積極的に使っていきましょう。
以上
「リアルを依存することが正しいという空気感のこわさ」でした。